多くの国々でそうであるように、国の至宝・パシュパティナートもまた単なる宗教遺跡の一つとして、簡単に片付けるわけにはいきません。もちろんヒンズー世界における最重要宗教施設であることは言うまでもありませんが、この寺院はネパールの融合文化の結実形であり、また長年にわたって蓄積されてきた芸術作品の宝庫でもあります。ひとびとの生活に今でも深く根付いた、生活の中になくてはならない安息の場としての役割も持っています。
面積246ヘクタールの敷地内には、主塔・パシュパティナートを始め、数多くの寺院建築、重要文化財、重要遺跡、重要彫刻や古文書等々がびっしりと詰まっています。連日それぞれの寺院で、数え切れないほどの祈祷や儀式が執り行われています。主塔の脇に川沿いに並ぶように、有名な火葬場の列があり、荼毘の儀式が行われているのも目にすることがあるでしょう。
1979年にユネスコ世界遺産に登録されたこの寺院群は、古くはバグマティ川の両岸に端を発し、長きに渡って施設が建て増しされてきました。聖なる川・バグマティはカトマンズからタライに流れ下った後にガンジス河に合流し、そのままベンガル湾に流れ込むヒマラヤ源流にあたることから、この寺院はヒンズー四大寺院のなかでも「頭部」に位置する重要史跡と位置づけられています。さらにヒンズー思想ではバグマティに聖浄の力を認めており、ここで沐浴することで一切の罪は浄化されるとされているため、来世の輪廻転生を思い、ここで荼毘に付されることを強く望む教徒が後を絶ちません。
ここは美術史家にとって極めて重要な意味を持つ寺院で、建築様式ひとつとってみてもドーム様式あり、パゴダ様式あり、シカラ様式あり、と、寺院建築史の博物館のような場所です。さらに各年代・時代の塑像や彫刻(石彫・木彫・金彫)も豊富で、柱や欄間や扉など、あちらこちらにしつらえられた装飾彫刻には、時代時代の嗜好性やモデルとされた神々がバラエティ豊かに見られ、研究心のある方なら必見の場所と言えるでしょう。
広大な敷地の中には主塔のほか、最も奥にあるグヘシュワリ寺院(Guheshwori)を始め、回りきれないほどの寺院が建立されています。ブワネシュワリ(Bhuwaneshwori)、ダクシナムルティ(Dakshinamurti、タムレシュワリ(Tamreshwori)、パンチャデワリ(Panchdewali)、ビシュワルパ(Bishwarupa)等の古刹・名刹があり、それぞれが独自の宗教的、文化的価値を持っています。また各寺院がそれぞれの宗教祭祀を執り行っていますが、ほとんどの寺院はヒンズー教徒以外は立ち入りが禁止されていますので、各寺院の塀の外からしか見られないことにご注意下さい。
グヘシュワリ寺院のカーリー神を祀った祠からは、カーリーの姿がはみ出して見えています。一見おかしな構造ですが、この像は造られた後にだんだん大きくなり始め、今は祠から半分はみ出している状態だが、像のすべてが出てしまう時世界は滅ぶ、という言い伝えがあります。
寺院の敷地内には多くのサルが出入りしており、みなさまの食べ物や飲み物を奪い取ったり、眼鏡や帽子などを持っていったり、といういたずらをすることがありますので、十分ご注意下さい。
「パシュパティの森」で知られるこの一帯は、実は寺院群を超えたはるかに広大な敷地で、空港やその周辺の施設も、もともとはこの森の一部です。少し森の中に分け入れば、シカやサルが普通に生息しているような場所です。この地区の乱開発を管理するため、故・ビレンドラ国王によって1996年にパシュパティエリア開発トラスト(PADT、Pashupati Area Development Trust)が設立されました。以後、この周辺でのあらゆる事業や開発は、すべてこのトラストによってコントロールされています。