ネパールにおけるシャーマニズム(Shamanism、祈祷術・巫術)はアニミズム(Animism)をその土台としており、大地を敬い、あらゆる生命体に宿る霊魂の力を信じる習俗・伝承信仰観を共有する村落集団の中で、霊魂を崇めるための呪術的祈祷が行われています。科学的・非科学的、信じる・信じない、等の議論は忘れて、真剣に祈る彼らの魔術的儀式を見つめてみましょう。そこからあふれ、したたり落ち、押し寄せてくる信じがたい神秘的パワーに慄然とすることでしょう。
ネパールは伝説や神話、神秘や魔術の宝庫です。やおよろずの神々を片方の勇とし、これに対する屈強な悪魔・悪霊たちをもう一方の蛮としてとらえた対立史観が、アニミズム的神秘性やシャーマニズムの魔術に強い説得力を与えてきました。神々を陽の化身とすれば悪魔は陰の邪神であり、この陰陽両者の間に、ひとびとと神性世界をつなぐ存在としての信仰療法士、すなわちシャーマン(祈祷師)がいます。祈祷師はアニミズム思想に基づいて、あらゆる生命体がもっている陽の潜在的霊魂を自らの祈りをもって崇め奉り、患者に害を与える陰の邪神を除去することに使命を燃やします。
ネパールの祈祷術的セラピーは有史以前のものですが、首都カトマンズでさえ、未だに広く、普通に施術が実践されています。もっと驚くのは、多くの外国人(特にアメリカ人)がその祈祷術を習得しにネパールに来ているという事実です。彼ら彼女らは帰国後、十分な科学的発展を遂げているはずの都市で祈祷術的セラピーを実践し、少しずつ評価を得ているといいます。
ジャンクリ(Jhankris)の名で知られるシャーマンたちは、祈祷の際には首の周りに小さな鈴の輪を装い、デャングロ(Dhyangro)と呼ばれる太鼓や金盤のリズムに合わせて、大きく小さく身震いをするかのように舞い、謡います。この祈祷式は一晩中続くこともあります。シャーマンたちの間では雄鶏を生け贄に捧げるのがならわしですが、患者の症状によっては黒ヤギを生贄に使うこともあります。このほか、ホウキや米粒少々に一つまみの灰、お香、二匙の水などを使ったジャンクリの祈祷を受けることにより、信じがたいほど純朴な土地のひとびとの中には、邪神に取り憑かれていた心身が奇跡的に回復してしまう者も少なくありません。科学的医学的見地からは論理的研究の余地があるかもしれませんが、民俗学や心理学的見地からは、一種のカタルシス効果としての祈祷モデルであるといえるかもしれません。
タントリズム(Tantrism、広範囲な意味での実践型密教)も寺院や僧院を中心に実践されています。ただし基本的に儀式を人目にさらさないその体質により、一般の人々は閉じられたドアの向こうで何かが行われているということだけは感じ取れても、その儀式の真相は闇の中に葬られたままです。カトマンズ盆地内にも多数のタントラ寺院がありますが、その最奥の聖所には司祭しか入ることを許されていません。当然ながら一般の人々はこれらの祭祀をなにか怪しげなものとみなし、一歩引いて、距離を置いています。